3:ろくろ

シュロルを踊らない時の妻を初めてみたのは、掛林さんのレストランで、
その時彼女は孔雀の羽のような強い色のフレームのメガネをかけていた。
ので、私は彼女が「踊り子」だという事には、全く気づかなかった。

レストランでウェイトレスとして働く彼女は、地味だった。
踊っている時の迫力は、そこには全くなく、
そこにあったのは、痩せていて、年齢不詳で、
一重の目のペロンとしたタマゴのような顔をした、どこにでもいるような女に見えた。

妻は、私がどんなに沢山レストランに出入りしても、喋りかけてはこなかった。
そして、今になってやっと、けろりとした顔をして言う。
「え。初めから好きだったよ?」と。
そういう人なのだ。
いつも一歩引いた場所から、事の成り行きを微笑みながら眺めているような、そんな人だ。
昔から、ちっとも変わらない。

一方、掛林夫妻と私は、どんどん親しくなっていった。
掛林さんは昔、東南アジアなどの国から建築用の古木や、流木、沈木を採掘して売る仕事をしていたそうで、
色んな素材に関してやけに知識と興味がある人だった。
象牙や木やアルミのスプーンを一本ずつ買いあさっては私を呼び付け、
同じ料理をそれらで食べさせ、「どう思う?」といって顔を覗き込んでくるのだった。

葵はいつもそういう時、遠くからこっちを見ている。
真剣そのものの掛林さんを前にうんうん唸りながらも必死に
「・・どう、と言われましても。木のスプーンだと・・こう・・ 緩すぎて料理に合わないような気がしますが・・」とか言っている私を、
カウンターの向こうの方から眺めている。
私が作ったデザート用の皿を楽しそうに拭きながら、私の声を盗み聞きしてはクスクス笑っているくせに、
こっちがパッと顔を上げて彼女を見ると、パッと顔を伏せて見てないふりをするのだった。

そして妙なことに、私もソレをするようになってしまった。

レストランに入っていくと、掛林夫人と話している彼女が見える。
葵がふと顔を上げて、私を見上げて少しだけ笑うと、
なぜか耐えられなくなってしまい、視線をそらしてしまうのだった。

***

なんて男らしくないのだろう。と、朱人は情けなくなるのだった。
葵の横顔を眺めているだけでは、
日本人形の髪型をそのまま短くしたような黒髪のしなやかさに感動しているだけでは、
どうやっても、距離は縮まらない。
そう思っていながらも、またカケバヤシ氏との約束の時間に行って会ったら、
きっと同じように目をそらしてしまうのが、朱人にはあまりにもリアルに想像できる。
家でろくろを回しながら考え事をするたびに、それがもどかしく、気恥ずかしく、
手を滑りぬける粘土のぬめり気に欲情してしまいそうになるほどに熟した想いに、
朱人は焦りさえ感じるのだった。

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