二本の万年筆

会社の同僚と近所のバーで飲みまくった後、
恋人のいない私はフラフラする頭で一生懸命方向感覚を取り戻しながら
一人暮らしの五階建てのマンションの最上階に着いた。

言う事をなかなか聞かない酔っ払った右手で鍵を開けると
いつものお気に入りのイタリアの家具から、いつもの木のにおいがした。
私はシャンデリア風の照明の下にふとんを敷いて寝た。

[?フトン?]

朝起きて、強いコーヒーで目を覚ます。
幸い二日酔いはまったくないようだが、頭が少しぼーっとしている。
スーツを来て、いつも通りアクセサリーなしで、家を出た。

こんなにぼーっとしてて今日はちゃんと仕事になるんだろうか。
目をつぶってても切符が買える、いつもの自動販売機で、
片道切符のボタンを押し、左手で切符を取った。

[?ヒダリテ?]

会社に着くと、同僚達がさっそく側に来た。
「大丈夫ですか?田村さん。昨日かなり酔ってましたけど」
「藍子、大丈夫ー?二日酔いはない?」

大丈夫 大丈夫、と笑いながら自分のデスクに着く。
長い髪を髪留めでまとめ、さっそく山積みになった仕事に取り掛かる。
K.Nの字が彫ってある綺麗な和紙の塗装がしてある万年筆が紙の上を走る。

[?K.N?]

仕事に没頭しているとランチの時間になっていた。
社員食堂で友達と昼食を食べる。
「・・・あれっ、左利きだったんだ?」

そうよ?知らなかった?と言いながらスパゲティーを綺麗に巻く。
「何年も友達なのに、意外と知らないもんなのね」と言われて、
笑いながら銀の指輪が光る左手で紅茶を飲む。

[?ギン ノ ユビワ?]

急に携帯電話がバッグの中で鳴った。
「今日は何時に帰ってくる?」
いつもの、彼のちょっと低くて透き通った声だ。

たぶん八時くらいかなぁ、と答えた。
電話が終わって、「恋人いたんだぁ?知らなかったぁ」と冷やかされる。
うん、三年半も付き合ってるの、というとみんなが目を丸くした。

[?コイビト?]

デスクに戻って仕事をまた始める。
没頭していると、上司が来て言った。
「田村さん、相変わらず没頭してるねぇ。おまんじゅう食べる?」

あ、これ大好きなんです、いただきます、といって、ぺろっと食べる。
隣のデスクの嫌味な眼鏡男は言う。
「饅頭なんか食うんだ?生クリームが乗ってるもんしか食えないのかと思ってた」

[?オマンジュウ?]

会社の帰り、電車の中で思いがけない人に会う。
長い間会ってなかったまだ歳の若い叔母だ。
「ショートヘアにしたんだー?長いの似合ってたのに」

切ったの、もうずいぶん前よ?と私は言い、
そこから思い出話に花が咲く。
耳の横の毛先をかきわけて、サンゴのピアスの耳たぶをいじる。

[?ショートヘア?]

今日はいろんな事があってなんだか面白かったなぁ、と思いながら、
いつものアパートの階段を一階分上がって、
そのままドアを開けた。

ただいまぁー、と言うと、奥から彼が出てくる。
いつも少し垂れた目で、微笑しながら
「加奈子、おかえりぃ〜」と言う。

[?カナコ?]

喉かわいちゃったぁ、と言うと、彼がほうじ茶を入れてくれた。
ヒノキのテーブルと椅子で二人でそれを飲みながら、世間話をする。
最近服作ってないなぁ、仕事一週間も休んでるからきっかけないし、とか。

「あ、俺の縞のシャツ、好きだって言ってたじゃない。
あれを加奈子にやろう。好きなようにリメイクすればいい」
今日着てるワンピースもリメイクなの、と自慢して微笑む。

[?ワンピース?]

今からどこかに食べに行こうか、と話す。
「最近、なぜか洋食ばっか食っててさぁ、もう胃がもたれそうだよぉ」と彼は言う。
げぇ、洋食なんてゲロが出るほど嫌い、と私はいつもの口調で言う。

「だよなぁ。ショートケーキとか、本当にだめ。気持ち悪くなる」。
うんうん、と同意していると、私の気持ちを全て読んでしまう彼は、
「・・じゃぁ、ひさびさに「一也」にでも食べに行くか?」と言った。

[?ウドン?]

徒歩で来た定食屋、「一也」は、私の友達の溜まり場で、和風のインテリアがなかなか渋い。
私達の家も、大好きなこの店からいろんなアイディアを得て、家具を真似したりした。
おいしい日本酒を飲みながら、最近の話をしている時、ふと彼が寂しげな目で言う。

「こういう日常がまたかえってきてよかった。
加奈子が例のOLと交通事故にあったときは、俺の方が本気で恐くなってしまった」と。
何言ってんのよ、らしくないわね、と軽くあしらって笑い合う。

[?レイ ノ OL?]

「あれ、仲村さん?」隣のテーブルからの声で振り向くと、デザイン事務所の仲間だった。
ひさしぶりー!、と笑うと、「怪我、大丈夫なの?」と彼女は言った。
「大丈夫だよ。加奈子は不死身だから」と少し酔った彼が笑って言う。

「いつから仕事、復活するの?」と言われ、明日から出ようかな、と言った。
スケジュールの話を二人ではじめて、早速仕事が増えた私は、
手帳を取り出し、ペンを抜き取った。
[?ナカムラサン?]

「・・あら、仲村さんらしくないペンね。イタリア製かしら?」
見ると、それはごてごてとした、流行のブランドの金の花形の飾りをつけた万年筆だった。
「なんだ、その悪趣味な高級ペン。加奈子が買ったのか?」

んなわけないじゃない。こんな物、買うわけがないわ、と私は言い、
酔った三人は大笑いをし、顔なじみのウェイターが通り過ぎるのを見た時、
「すいません。これ、もうインク出ないんで、捨てちゃってください」と言って渡した。



















55 STREET / 0574 W.S.R / STRAWBERRY7 / アレコレネット / モノショップ / ミツケルドット