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バス
*小さな女の子
ドアが開いて、お兄さんが入ってきました。
お兄さんは「終点まで」といって、お金を払って、おつりをもらいました。
お兄さんは歩いて、私の前の席に座って、窓に顔を向けました。
薄い茶色の毛糸の帽子の上のポンポンが、私の目の前で揺れて、笑っています。
お兄さんも私のお母さんのように、毛糸の帽子を編んでもらったのかな。
私は最初の駅から、最後の駅までこのバスに乗っています。
みんなはどこに行くのかな。
何しに行くのかな。
私は今からいとこの家にお泊りにいきます。
お母さんがくれた、赤い毛糸の帽子と手袋をひざの上に載せて。
***
*制服の男子中学生
バスに乗ったとたんに気づいた。
五百円玉一枚しか財布に入っていない事に。
「やばいなぁ、貧乏になっちまったなぁ」
そう思いながら俺はおつりを受け取って席についた。
一人で少し緊張してる女の子の前の席に。
窓の外を見ると、見送りにきたあの子が窓越しにこっちを見ている。
バスが出ると、その子は「バイバイ」と口を動かして、手袋の手で挨拶する。
「やっぱり可愛いなぁ。いつかあの子と「そういう展開」になってくれたらなぁ」
少し暖かい気持ちでバスの鼓動に身を任せる。
少し寒い財布の中身の運命は、母さんの機嫌に任せる。
***
*小さな女の子
バスが走り出すと、お兄さんは前を向きました。
お兄さんはしばらくすると、こっくりこっくり寝はじめました。
バスが左に揺れると、お兄さんの頭も左に揺れました。
バスが右に揺れると、お兄さんの頭も右に揺れました。
お兄さんもバスの一部になっちゃったみたい。
もうすぐ別のバス停に着きます。
横断歩道で止まっているバスの窓から、次のバス停に待っている人が見えます。
お兄さんより年上の、お姉さんが待っています。
綺麗なスーツを着て、でも顔は疲れています。
寒いから疲れた顔になってるのかな。
***
*スーツのOL
仕事にうんざりしていた私は、バスに乗ったとたん、
人が沢山乗っている事に余計うんざりした。
料金を払って見渡すと、シルバーシートが一席空いていた。
「ま、ここしか空いてないし、いいわよね」と思い、
私はシートに身を沈めた。
ハイヒールの踵は割れそうに痛い。
肌は乾燥して、どっちみちのりが悪い化粧も剥げ落ちそうだし、
一日中画面に向っていた目の奥がジンジンと痛い。
一人の部屋に帰って、一人のための夕飯を作るのがおっくうだ。
今は部屋に帰るのさえおっくうだし。
そして困った事が起こった。
次の停留所についた時に、杖をついた老婆がバスに乗ってきたのだ。
三つあるシルバーシートに座っているワカモノは私だけで、
他はこのグレーのシートにふさわしい人たちだった。
私は老婆と目が合う前に、急いでたぬき寝入りを決め込んだ。
普段の私なら、老婆が乗ってきたとたんに席を立っただろう。
笑って「どうぞ」といって、席をゆずっただろう。
でも今はそんな余裕は、体にも、心にもなかった。
そんな自分が醜くて、嫌で、
私はたぬき寝入りからそのまま不て寝に入ることにした。
***
*胸に万年筆をさしたおっさん
僕は目の前のシルバーシートに座っているOLに少し呆れていた。
バスにヘタクソハイヒールウォークで乗り込んできたかと思うと、
シルバーシートにドカッと座り込み、
おばあさんが来たとたんにたぬき寝入りを始めるなんて、
体に似合わず、ずいぶんと図太い神経をしている。
可哀相なおばあさんは、骨と皮しかない右手で、か弱く吊革を握る。
左手は少し痙攣しながら、杖をしっかり握っている。
バスが動き出そうとした時に、僕は席を立って
「どうぞ。座ってください」とおばあさんに言った。
おばあさんはきょとんとした後にシワクチャスマイルをプレゼントしてくれた。
***
*一番後ろの席のサラリーマン
バスは満員。シルバーシートに座っている人は三人。
若い女、背筋が曲がったおじいさんと、全然背筋が曲がってないオバサンだ。
乗り込んできた杖の老婆がバスの後ろまで来るとはとても思えないから、
シルバーシートのオバサンか、若い女が譲る・・?のか、譲らないのか。
俺は杖の老婆の座席の行方を、他人事で後ろから悠々と眺めていた。
オバサンの背中は、「私はオバタリアンだから、座ってていいのよ」と主張し、
突如不自然に寝ているフリをしはじめた女の背中は
「私は仕事で疲れているの。ごめんなさいね、おばあさん」と言っていた。
杖の老婆が諦めた顔で吊革を握った時に、立ち上がったのは、
意外なことに「馬鹿なエッセーライター」を絵に描いたような身なりのおじさんだった。
その時たぬき寝入りしていた女の肩が少し動くのを俺は後ろの方からはっきりと見た。
あの女は、寝たフリをしたものの、
バスの中の全ての音に耳を澄ましていたにちがいない。
誰か、自分じゃない誰かがお婆さんに席を譲ったことに安心して、そして今、自分が少し嫌にちがいない。
なんでこんなに彼女の気持ちがわかるかというと、昨日俺もこのバスでそういう事があったからだった。
そのお爺さんが乗ってきた時、シルバーシートではなかったが、俺も前方の席に座っていて、
仕事帰りの自分に席を立つ力がなかったので、寝たフリをしたのだ。
今の彼女は、まさに昨日の俺だった。
「なんて情けない姿なんだろう」と思い、
そういう面倒を避けるために、一番後ろの席に座ってしまった自分はもっと情けないことに気づいた。
***
*制服の男子中学生
・・・バスが大きく動いて、バス停に着いた。
しまった!乗り過ごしたか!?
そう思って外を見ると、それは俺が降りる終点の一つ前の駅だった。
さっきまで空いていた前の席に、年上の女が座っている。
あの子もいつかこういう風なスーツを着るようになるんだろうか・・・
ふと左を見ると、派手なオレンジ色のシャツのおじさんが立っている。
その前には、シルバーシートじゃない所にお婆さんが座っている。
前の女はいかにも席を譲りそうな雰囲気だから、
お婆さん、女、おじさんの順で乗ってきたのかな。
・・と考えていたらまた眠くなってしまった。次は終点なのに・・・起きていなきゃ・・・
***
*運転手
いつも、この時間に終点に着く時に、私は少し嬉しくなる。
次からのバスは運転手は高木さんに交代して、私はもう家に帰れるからだ。
ボタンを押して、アナウンスを入れて、バスをとめた。
真っ先にオバタリアンっぽい女性が降り、次にOL風の女と、サラリーマンが同じ足取りで続き
人がどやどやと群れになって降りていった。
車庫に入れた後に、ミラーでまだ少年が乗っている事にやっと気づいて驚いた。
歩いていって、「お客さん。もう終点ですよ」といって起こすと、
「あっ!やっぱ寝ちゃったのか!!あー、どうも、すいません」と彼は言って、
焦って、恥かしそうに三段の階段を駆け下りて出ていった。
自分の少年時代を見ているようで、私は思わず笑いそうになった。
少年が座っていた席の下に赤い物が見えた。
かがんで拾ってみると、それは手編みの小さな赤い手袋の左手だった。
「落とし物だ・・」と思ったとたんに、私は少し面倒な気分になった。
落とした人が現れる事なんてほとんどないのに、運転手は落とし物センターで報告をしなければいけない。
・・・・はて、こんなに小さな女の子が乗ってたかな・・?
「終点の駅の前のね、文房具屋の上に住んでるの、叔母さん。遊びに行くの」
はじめの駅で乗って、そう話してくれた、あの赤い帽子の女の子の手袋だ。
自分の荷物を取り、落とし物センターに向いながら、
十何年前に、妻が編んだセーターを着て笑顔で満ちた娘の顔を思い出した。
私は手袋をポケットにしまってUターンすると、駅前商店街に向って歩きはじめた。
55 STREET
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