白い手紙

夕方、さびれたアパートにかえってきて、
何気なく郵便受けを開けたら、
下らない広告の山にまじって、手紙が届いていた。

いまどきメールじゃなくて手紙を送ってくるような、
オーソドックスな友達なんて、いたっけなぁ?
そう思いながらポストから取り出して、部屋の鍵を開けた。

白い封筒には、僕の名前と住所が、丸っこい字で書いてあった。 ほかには何も書かれていなかった。 差出人の名前さえも。

誰からなんだろう?
そう不思議に思いながら白い封筒の封印をといた。
中の紙を広げて、そして更に驚いてしまった。

それは白い紙だった。
真っ白で、線も模様も、何もない。
そして、そこには何も書かれていなかった。

パズルや、手品や推理小説のトリックが大好きな僕は、
その紙をひっくりかえしたり、光にかざしたり、
色々してみた。

でも何も出てこなかった。
その紙は、本当に単なる白い紙で、
くやしいくらいに、純白だった。

面白いものを送ってくれたものだ。
僕は紙を封筒にしまうと、
それを引き出しにポンと入れておいた。

誰かに相談しようとか、話してみようとかいう気は、全く起こらなかった。
次の日の仕事中、
僕は何度も何度も、白紙の手紙について考えた。

あの丸い字は女の子なんじゃないか?
でも男でも丸い字のやつはいる。
どっちにしろ、綺麗な字だった・・。

オレンジ色の帰り道で、
今日また郵便受けに似たような手紙が入っていたら
面白いなぁ、と、ぼんやり思った。

そしてそれは現実になった。
しかし今日は白ではなかった。
淡い、サンゴのようなサーモンピンクだった。

中の紙には、あいかわらず何も書かれていなかった。
でも、心の小さな無数の切り傷を癒してしまいそうなその色は
彼女の心情を言葉なしで伝えていた。

その色は僕に語りかけた。
私幸せなんだ、と。
昨日よりも、少し風がやさしくかんじられるんだ、と。

次の日の手紙は、白い手紙だった。
はじめの日のと比べて、違いが分かった。
封筒の字が前より少し角ばって、恐々していた。

それから彼女の手紙は少しずつグレーがかった色になっていった。
どんどん黒っぽくなって、
とうとうある日、黒い封筒に、黒い紙が入っていた。

少し茶色がかったその黒は、
私、不安なの、と、
今は何も見えないの、と訴えていた。

僕にできることがあるんだろうか?
そう思って、今頃、消印を見てみた。
なんてことはない、最寄の郵便局のものだった。

この町はめちゃくちゃ小さいから、
ポストは一つ、郵便局の前のものしかない。
次の日は日曜日だから、僕は郵便局のポストで待ち伏せをすることにした。

ポストに寄りかかって、風の声を聞きながら立っていると、
遠くからゆっくりとした足取りで、
黒い封筒を持った女の人が歩いてくるのが見えた。

その手紙、僕にですね?といって話しかけると、
彼女はこわばった顔をした後、
寂しそうに静かに微笑んだ。

とりあえず、郵便局の隣のカフェに入った。
僕はアイスコーヒーを、彼女はダージリンティーを、
静かに、でも気まずくなく飲んだ。

「あのね」と、彼女は突然口を開いた。
小さい、猫につける小さな鈴のような声だ。
僕は目だけで「なに?」と答えた。

「誰かに伝えたかったの。
自分の気持ちとか、考えとか。
でも、言葉という形にならなかっただけなの」

わかるよ。すごくわかるよ、と僕は言った。
実際に僕は優柔不断で、考えを言葉にするのがすごく難しい。
でもなんで僕を選んだ?と彼女に聞いた。

「知らない人にね、伝えたかったから。
私のことを全然知らない人に、
気持ちだけを、それだけを伝えたかったの」

僕の名前は電話帳で調べたのだ、と、
名前の響きが気に入って、やさしい人に見えたから、
僕を選んだ、と、彼女は言った。

家の方角が同じらしいことがわかったので、
一緒に狭い裏道の階段を一歩一歩下がっていった。
二人で遠くの空のグラデーションに心を染めていた。

言葉って何だろうね。
僕はそう言った。
彼女は足を止めて考え込んだ。

「信号みたいなものなのよ、シグナルなの」
彼女は言った。
「気持ちを形にしてくれる、シグナル」

二人してなんとなく止まってしまったので、
自動販売機でコーンポタージュを二つ買った。
陽だまりの中で、階段に座って二人でじっと考えていた。

形にする必要があるのかなぁ、と僕がつぶやくと、
彼女は嬉しそうに微笑して言った。
「私には必要ない。だってあなた、形にしなくてもわかってくれたじゃない」

手袋の手でコーンポタージュを握って、ずっと座っていた。
言葉はなかった。
必要なかったから。



















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